ウルトラセブン

2017.03.14 Tuesday

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    滞在先の福岡でテレビを久しぶりにつけると、ウルトラセブンが放送されていた。第三回のエレキングの回で、しっかり見入ってしまった。エレキングはお気に入りの怪獣のひとつで、動いているのを見るのは子供の時以来だった。数日前に円谷プロで有名な祖師ケ谷大蔵で撮影があったこともあり、その繋がりにも流れを感じつつ、テレビの中の諸星隊員やアンヌ隊員などの演技や台詞回しなどに感動しつつ、ウルトラアイを装着してからの変身の様などに喝采を送りつつ、エレキングの最期をみとるに至っては、ごく普通に感慨に浸ったのであった。ウルトラものの中でもセブンシリーズの影については、僕にも言いたいことはある。今でもよく覚えているのはメトロン星人の回で、都会の輝きの裏に張り付いたような佇まいを持つ木造アパートの一室での物語は、のちのブレードランナーに通底するような疲れを醸し出していて、これから成長して夢を膨らませていくことを強いられていた僕の子供時代の裏気分に見事な輪郭を与えたのだった。その密やかな衝撃は、もしかしたら僕に世界の二面性を確信させたのだろう。表と裏とがそこかしこにあって、それは僕自身にもあり、さらに、世の中とはそういう風にできているのだと、冷めた視点を植え付けたのかもしれない。その低温はいつの間にか溶けてしまったのだが、少年時代のしばらくは、世界を冷たい温度を通して捉え続けることになった。円谷プロの手から離れ、ブラウン管が作る映像世界は、思いの外、遠く深くまで飛んで行くことになる。かつて少年だった数十年前の僕が、諸星ダンの名を借りて、銀河の果てまでいくのは実に容易いことだ。

    adidasのクラシックスニーカー

    2017.03.13 Monday

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      地下鉄でふと足元をみると、左にスーパースター、中央にスタンスミス、右にスーパースター。アディダスのクラシック2トップが見事に揃っていた。スタンスミスの主は僕である。ハイカットのものを履いていた。過去にはスーパースターも当然愛用していたが、今は、ローとハイとベルクロの三つを履き回している。今更その素晴らしさを語るのは蛇足だから省くとして、白いクラシックスニーカーを選んだ1日は、どこかスッキリしていて、時々視界に入ってくる自分の足元の白の影響力というのは、案外、結構、とっても見逃せない。白が参加する1日というのはいいものだ。マーク・ジェイコブスの愛するそのどシンプルさは、季節ごとにリリースされるモダンなスニーカーの鮮やかな色やデティールの対岸にあるようで、そのくせ実はすっと間合いに入っているような、小気味良さがある。クラシックを選ぶ人のほとんどは、懐古趣味からではなくて、モダンな品々と同じ目の棚から選んでいる。僕には、「時代を超えて愛される名品」信仰など無いのだが、無責任な季節ごとの気分を通しても、自分史で何度もリバイバルされる物には賛辞を送りたい。スタンスミスよ、ありがとう、と。あの道、あの国、あの場面、これからもスタンは足元で白いレフ版のごとく、僕の日々を照らすのだろう。ブライター・デイズへと誘うようにして。

      画家京太郎

      2017.03.12 Sunday

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        京太郎さんは奇特な人だ。太郎と名に付くが、女性の画家であり、顔の半分ほどもある瞳は常に何かと交信しているような光を発している。もしや棲む時代を間違えたか?と僕は自身に問うことが多いのだが、彼女こそはそんな一派の筆頭でもある。異星からの落下物なのであろう。なのに、夜空の星々に故郷を探すこともなく、地球上での使命を全うしようとする画業こそが、彼女そのものである。京都に住む京太郎さんが渋谷で個展をしていて、在廊中と知り、いそいそと出かけた。女性が脱皮をするようなイメージを受け取り、対峙するように眺めていると、それを見ていた京太郎さんが、冥砂さんに見られて絵が変わっていくのが分かった、などと口にした。作品は作者の手を離れる、とはよく聞く言葉だが、見られながら変わっていくというのは、それとは少し違う感じがして興味深かった。ならばならば、絵によって変わっていく見る者もあるだろう。絵と人が交感して一瞬ごとにぐにゃぐにゃと溶けて固まるを繰り返す。程よいところで、絵を離れる。僕からすれば、絵もそうだが、京太郎さん自身と対面するのもとても面白い。僕も異星からの落下物の類だろうが、出身の星が彼女とは違うようだ。異星人どうしが、地球上で、それぞれの仕事で通じ合う。次は宇宙の果てを描きたい、京太郎さんは話の端でそれを言った。果ては今目の前の此処じゃなかろうか、と思った。僕らはいつも果てで出会っている。
        https://www.diesel.co.jp/art/kyotaro/

        311に寄せて

        2017.03.11 Saturday

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          僕たちは祈ることを知っている。まずは尊い命を失ったあの日の方々が安らかであることを祈りたい。大切な者を失った方々の悲しみが癒えることを祈りたい。今なお仮設の暮らしをされている多くの方々に、快適な暮らしが戻ることを祈りたい。震災後に訪れた恐山で、南住職が仰られていた言葉を思い出す。「なぜ私ではなく、彼らだったのか?」その隔ては障子紙一枚ほどだというのが実感としてある。たまたま生き残ったというのが僕の中にはずっとあって、きっとそれはこれからもだ。命の重さに対して、それが失われる時のあっけなさ、地震の上にある日本の暮らしを思えば、あちらとこちらの隔ては、障子紙一枚というのが僕の変わらぬ実感だ。不安や心配ではなく、「備え」。怒りや批判ではなく、「優しさ」。僕が震災後に学び続けたことをまとめると、これに尽きる。季節はこれから春へと移る。その向こうには夏が待ち、秋が冬が巡る。多くは過ぎ行く。障子紙の手触りと薄さを忘れずにいたい。



          車窓から富士山

          2017.03.10 Friday

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            太宰治もつぶやいたように、富士はやはりいいものだ。新幹線に座る時、必ず富士側に席をとるのも、あの大きさに少しでも近づきたいからだ。富士はいい。日本列島のほぼ真ん中に鎮座するその姿は、日本はもとより、地球がここから始まったかのような想像さえ引いてくる。富士はいい。ちょうど、昨日、西から東への道中で、その富士を眺めた。隣には、ちょっとご機嫌斜めなおじさんがいたので、通路側は無いものとし、窓からの景色に意識の大方を預けて眺めていた。富士がお出ましになった時には、アナウンスがそのことを大音量で知らせ、女子高生たちからざわめきが上がった。僕はiphoneでムービー撮影を楽しむなどして、そのざわめきの端っこに加わる格好となった。富士はいい。僕は三度てっぺんに登ったことがあるが、いつ見ても富士を全く知らない気になるのが不思議だ。会っても会っても会いきれない、恋のそれとは全く違うのだが、見ても眺めても登っても近づけないのが、富士というものだろう。もちろん撮りきれないのは言うまでもない。ああ、そうかもしれないと軽く膝を打つ思いがよぎる。山に登る人は、征服欲から最初の一歩を踏み出すのではない。ただ会いたいのだろう。麓から頂までの、植生の変化、風、空気とのすれ違い、光と影、匂い、動物、などなど。それらと会いたいがために行くのだろう。そして遠くから眺める時も、それはただ会いたいから眺めているのだろう。僕は時速300キロの乗り物から、しばし富士と会っていた。アナウンスは、新横浜で止まるのだと告げている。

            京都の包丁

            2017.03.09 Thursday

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              包丁を買おうと思いついた。GLOBALのものを常用していて問題はないのだが、もう少し大きなものが欲しいと錦市場の有次をのぞいた。壁一面にずらりと並べられた包丁たちは、キリリとして眺めるこちらの背筋が伸びる。品定めをしようと思いきや、仕事の途中だったことを思い出し出直すことにした。その夜、在京の料理家に包丁の話を持ち出すと、井口包丁店を勧められた。京都の料理人に贔屓が多いのだとか。さっそく二日後の夕方に時間を作って、京都市場の外れにあるその店を閉店間際に訪れた。洗練された佇まいのある有次とは異なり、いかにも市場にある店といった雑然とした店ではあるが、それが逆にプロの通う店という風でもあり、さっそくご主人と話し込んで程よい一丁を選んだ。屋号の金久の二文字が刻まれた鋼が美しいことは言うまでもない。選ぶにあたって説明を受けている時に、たびたび小さくなるまで使えます、と言われていたのだが、いまひとつピンとこない顔をしていたのであろう。ご主人がサンプルとして取り出した古い包丁は、すでに柄が長年握られたことによって削られ、刃は短刀のように細長くなっていた。ここまで使い込むことは、僕のこれからの厨房時間においては無いであろう。良いものを見せていただいたと満足して店を背にすれば、すでに京都最終日は雪混じりで、暮れ行く冷気に包まれて205番バスに乗った。バックバックには金久の包丁がある。刃を背負うこともそう度々あることではない。僕は自然と今日という歴史上の一点を意識した。眺める景色はゆっくりと流れていく。刃は、今を刺していた。

              トマトのジュース

              2017.03.08 Wednesday

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                高知の四万十で育ったトマトなのだという。京都錦市場を歩き、ふと入った店の女主は微笑みながら説明してくれた。糖度8パーセント。その数字に素直に驚いた。とはいえ、どのくらいがどうなのか知らないのだが、自信満々な口調につられ、もはや果物ですね、などと適当に言うと、意を得たりという表情を浮かべてくれた。そんなやりとりの後で、確か五百円ちょうどを支払って、その場では飲まずに町家の宿へと持ち帰り、翌朝の愉しみとした。とっておく感じがなんとなく自分らしくない気はしたのだが、昼食の中華で満たされた腹にはもう蕎麦一本も入る余地はないのであった。なんとも浅はかな食べ方をしたものだと悔いても始まらない。さて、翌朝の喉は、まことに爽やかに、狼桃という名のトマトのジュースをぐびぐびと通した。糖度8パーセントから勝手に想像していた甘さとは違っていたが、それはそれは果物よりの甘さであった。そういえば、野菜と果物を隔てるものとはなんぞや?ググることもせずに、その問いは放っておく。トマトがひたひたと果物の方へと歩み始めるその後ろ姿と横顔を心に浮かべる時、ここにもボーダーとやらを置かなくてはいけない線引き好きの人間の性を優しく見守る爺さんの心地がした。ううむ、長い一文となった。放っておく。

                コリー

                2017.03.07 Tuesday

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                  久しく使っていない言葉を口にする時、果たしてこれで良かったのか?と違和感が残ることがある。朝の散歩時にすれ違った犬連れの人に「最近見かけなくなりましたね、コリー」と声をかけたのだが、コリーに違和感があった。コリー?そんな名前だったっけ?クリーではない、コラーでもない、やはりコリーなのだろうが何か違う気がする。だが、その犬の主人であるおばちゃんも否定訂正しないことからすると、やはりコリーなのだろう。僕は戸惑いが収まらないままに、年齢を聞いたり、名前を聞いたりするのだが、それはコリーと口にした時の残尿感みたいなものを立て直す時間が欲しかったからであり、年齢や名前などどうでもいい。実際自分も犬の散歩をしている時に、年齢や名前などの個人情報を聞かれたりする時は、間を埋めたいがためだとしか思わないし、無論それはそれでよい。しかし、コリーというのには、それが間違いないと分かった今でさえ、おかしな気持ちが残っている。名前というのは妙なもので、そもそも名札の類でしかないのだが、べったりとその個性と癒着した時に、その名と共にこの世に生まれたかの様なふてぶてしさを持つ。名札のくせに生意気なのである。僕がコリーという名前に持った違和感は、そのふてぶてしさへのアンチなのだろうか。いやいや、それはただの「ずれ」なのである。僕がこの世の表層や深層から常にずれてしまう類であることの、ちょっとした現れなのである。コリー、いったい君は、本当にコリーなのか?

                  北野天満宮

                  2017.03.06 Monday

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                    京都にいる。朝の散歩先は天神さん。ちょうど梅が美しく、キリリと締まった朝の空気に映えていた。月に一度の市で着物を買ったりしているが、この朝の散歩時が何より好みだ。菅原道眞を祀っていることで有名な天神さんだが、もとは宇宙信仰の本拠地である。三光門に刻まれた月と太陽を仰ぎ見つつ、もう一つの光である星は、その門が出来た時に北極星が輝いていたので省略されたらしい。まあ、ともあれ自分の気に入った散歩コースが宇宙へと繋がっているという想像は楽しい。時の天子様が星々に拝した土地には、空に憧れる人間のひとつの本性を現した場所としてのもやもやが残っているようだ。僕はそれに波長を合わせながら、散歩を続ける。ちょうどドローンでの撮影隊が居合わせて、これから宙から地上を撮ろうとしていた。天神さんから宙に憧れる視線とは逆である。宙からの視線は、ある意味、神様の視線である。それが言い過ぎだとしたら、鳥の視線である。人は人が持てない視線に憧れる。さまざまな角度から現世をその目に映したいのだろう。僕もそれを楽しいと思う。ドローンのない時代にも、多くの人間の想像は自由に地上を離れ、宙に浮き、舞い、流された。何が言いたいかというと、何も言いたいことはない。ただぼんやりと三光門の下、ただただぼんやりとしたのだった。三つの光かあ。話変わるが、神社に行くと、僕は本殿よりも、周囲に散りばめられた小社に惹かれる。そこにこそ神様がひっそり座って微笑んでいるように感じる。常々。

                    田舎紳士

                    2017.03.05 Sunday

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                      白洲次郎がかつて暮らした武相荘を訪れた時、カントリージェントルマンという言葉を知った。イギリスでは都会であくせく働くよりも上等な暮らしとされているらしい。現代的に解釈すると、都会の知性とセンスを質の良いゆとりのある田舎暮らしに反映させたもの、といったところか。都会ではビジネスバッグを握り、多くの人々と握手を交わした手が、田舎住まいでは、鍬を握るというその幅が、まあクールだというわけだ。十年以上前に東京を離れて葉山に居を移した僕に、「カントリージェントルマン」がどれ程の影響を与えたのかは知らないが、その匂いぐらいは意識していたと思う。友人には「都落ち」だと冗談めかしていたが、その意をわからずに、気の毒そうな苦笑いを浮かべる人も多かった。だが、今では葉山や東京郊外へと移住する人は増えた。もはや都落ちなどと言わなくても、その楽しさがなんとなく伝わるようだ。今年から活動拠点を東京に移した僕だが、時々家の手入れなどの雑用があって沖縄に戻る。東シナの海が望める庭は、数週間の不在で緑の楽園へと進んでいるのだが、乱開発をする人類の代表になった苦さを感じつつ、刈り払い機でざざざっと緑の丈をかすめ取っていく。散髪のようなものだから、という草木への言い訳は毎度のことだ。草刈りをする手を休めて、写真を撮る。刈り払う、撮る、を繰り返す。腰を伸ばし体を緩めて遠くを眺めてみる。田舎にあって紳士たれ、とは田舎の人にとって少々失礼かもしれない。紳士は都会からやってくるばかりではない。ただ何処にあっても心は尊厳をもって自由に遊ばせておけ、と訳せば風通しがよくなる。僕は、今これを書きながら京都経由で東京へと向かっている。「都会の田舎者」「アーバンカントリーマン」僕はそれもいいなと思う。さあ、今日も空を見上げよう。