沖縄に戻って

2017.05.02 Tuesday

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    4月も終わり、5月を迎えた最初の日に、沖縄に戻った。三週間ぶりだろうか。今年は沖縄に居つくことが稀で、延べにしても一ヶ月ほどしかいないのではないか。ふらりが好きとはいえ、自分のベッドが遠い日々に、こういう暮らしがいつまで続くのだろうとぼんやり思う。沖縄に戻ると、やはり海が見たくなる。自宅の庭から遠くに東シナ海が見えるのだが、やはり浜に下りたい。夕刻を待って、馴染みの場所を訪れると、太陽が水平線へと落ちていく頃だった。アメリカ人の恋人どおしが二人で寄り添っている。風もない静けさが心地よく、昼と夜との境が目の前にやってくるのだった。境というのは、ちょっと怖くて、そして崇高だ。人間とばかり付き合っていると、気づかない大きな何かを失いそうになるから、僕たちは夕刻の、この揺れるような境の時間に集まっては、空を見ることを好む。僕たちは大きくなろうとしていることもあるけれど、その反面に、自分の小ささを確認したくもあるのだ。小さい自分に安堵する。大きくなりすぎるのは、疲れる。小さくなって、大きな優しい宇宙に守ってもらおうとする。それを僕たちはきっと信仰と呼ぶのだ。信じずにはいられない優しくて大きいもの。僕たちは子供の時ならそれを知っていた。夕刻は美しくて怖くて、でもやはり優しいのだと知っていたのだと思う。夕日も見ている人は、昼間のように数えたりしない。数えたり競ったりしないのだ。僕は沖縄の太陽を眺めながら、忘れ物がない気になっていった。だいたい、今ここにあるな、と。

    旨し水炊き

    2017.05.01 Monday

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      福岡は旨いのである。これはもう仕方がない。空港が近くて、街はコンパクトにまとまり、東西南北に足を伸ばせば美しい自然もあって、、、。といった紋切り型の福岡礼賛には必ず食の旨さが加えられるのも仕方ないほど、旨い。ここに至ったいきさつは知らないが、理由もあるのだろう。僕などの知識欲のない人間には、ここから先へは興味がないのだが、とにかく今日の福岡は旨いことは間違いない。国内外をぶらぶらしてきたが、美味しいなあと溜め息をつかせる街においては、ここ福岡が筆頭格であろう。春の夜、季節の変わり目に先を急がず、しばし立ち止まるようにして、鍋にあずかった。もつ鍋でも良かったのだが、ちょっとした祝いの席であったので、水炊きと相成った。あっさりとコクのある鶏出汁に、箸が止まらない。高校生のバイトの女の子が慣れた手つきで進めてくれるのだが、鍋に落とされた具材がほどよくなるまでの間が、またいいなと思った。冬風の夜に身も心も緩めていただく鍋もいいのだが、うたかたの春の涼やかな夜に食べる鍋には、より風流を感じた。地酒と共にほろよい満腹となる頃には、夜空を見上げなくても、この胸の中に無数の星々があるような幸せを得た。皿の上の装飾はここにはない。鍋というのは、どう品良くまとめても、本質は野趣にある。屋外、山中での食事の線上にある。切って整えた食材をただ煮立った出汁に投入するだけのこと。目を閉じなくても、口にすれば、五臓六腑に草原や海原が開く。書けばこのように印象も切りなく伸びていくのだが、なんてことはない。要は、旨かったのだ。鍋が、そして春が。

      根津美術館

      2017.04.30 Sunday

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        光琳と其一を見に根津美術館へ行って来た。光琳は引いて、其一は寄って見るのが綺麗だなと気づいたり、写真に活かせる構図の妙に感心したり、少ない展示だけにじっくりと楽しめた。売店では、恒例のハガキも買ったりと充実した時間であった。だが、本当の御目当ては、庭に咲く燕子花である。盛り前とは知っていたが、その頃にはどうにも都合が悪いとあって、前がかりとなった次第。とはいえ、十分に美しく、胸を打たれた。水からすっと立ち上がった様は、凜として、こちらの姿勢まで正してくれる。自然を手本とする楽しさを今日も見つけて口元が緩んだ。写真も結構撮った。花を見つめ、それと一体になる楽しさよ。居合わせたオーストラリア人とのカメラ談義も面白く、彼の口から、アイリスという英語名が出ると、響き変われば花の匂いさえ変わるよな気がした。燕子花とアイリス、そう別々に呼ばれる。彼らかしたら同種にしか見えないだろう人間の口から向けられる異なる名に、何をか思う、思わぬか。光琳が割とべたりと塗った群青と緑青。色にも言語を跨げば無数の名がある。僕は遠い気持ちになった。

        満開の藤の下

        2017.04.29 Saturday

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          藤がそろそろ見頃を迎えた亀戸天神へ行った。夕刻だったこともあり、予想された大混雑はなかった。自分の苗字にその字があることで元々の親しみがあるのだが、その形、色、そして香りが大好きだ。沖縄では見ることがない花だけに、東京で得た久しぶりの機会を活かそうと、わざわざ亀戸まで出かけた。太鼓橋の頂から見渡す藤棚は見事なもので、なぜだか江戸の町人にでもなったような気がして、江戸弁で隣の人に声をかけたくなるほどちょっと昂った。蜂がぶんぶんとせわしなく飛び交い、鳩避けで雇われた繋がれの猛禽類が数羽、根元で睨みを利かしている。その鳥もが見世物となって見物客のレンズを集めていた。ちょっとした縁日の雰囲気もある。夜にはライトアップされるから、それも豊かなものであろう。それにしても見上げた紫の美しさよ、匂いの香しさよ。団子でも食べ、蕎麦を食べ、一杯やるのもいいなと思いしも、相手もなく一人でそれをやるのもなあと、ただ写真で遊ぶのみであった。そうだ、僕には写真という遊びがある。芸術とか言う前に、これは遊具でもある。ああ、そうだった、そうだった、と感じ入りながら、藤を見上げる、シャッターを押す、香る。幸福だな、幸福だな。僕は今にいるな、ずれていないな、などと染まりながら、亀戸にて佇むのであった。満開の藤の下。陽はビルの裏へと間もなく隠れ行くのであった。藤は江戸時代の花だな。

          the north faceの白シャツ

          2017.04.28 Friday

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            話題のGINZA6に入り、ノースフェイスUNLIMITEDなるショップで白いシャツを買った。ようやくシャツの季節である。クルーネックものばかりでなく襟付きのシャツを着てみようかな、今季は、などと思い、旅先でひとつあると便利な白シャツを探していたら、すぐに見つかった。こちらの条件は、シワになりにくく、速乾性のあるもの。旅先で洗濯をしておいて、一晩バスルームに吊るしておいたら朝には乾いているもの。シルエットはスタンダードでいいのだが、ちょっとした「おや?」があるといい。そんな感じで探していたら、ぴったりのが見つかった。天然素材が大好きなのだが、速乾性を求めて、高機能な化繊ものを選んだ。ナイロンとポリウレタンである。試着するとふわりと軽い。そして職業柄ストレッチのきくのも有難い。店員さんといろいろ相談して、最新の素材を使ったものに決めた。デザイン的にはパープルレーベレルも捨て難いのだが、あくまで旅用と決め込んで、これにした。透湿性もまずまずとのこと。しばらくは使い込むつもりだが、かなり気に入ってからもう一枚欲しくなる時には、たいてい売り切れているのが惜しいところだ。とはいっても同じものをまとめ買いする癖もすでに失せて、その都度その都度探すのを楽しみとしよう。新しいシャツっていいなあ。新しいスニーカーと同じくらいに嬉しい。

            名前のない芸術

            2017.04.27 Thursday

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              歩いていると、よく足を止めて見入ることがある。偶然によって出来た形には美しいものが多いからだ。どうしてこんなことになっているのか、分かる時と分からない時とがあるが、意図されずに出来てしまった形には、何かがある。配置の妙といった、ちょっとしたいい感じ、を超えた何かがそれらにはあって、嫉妬と羨望を感じて今うことはざらだ。偶然に出来た事物に価値があるわけではない。恣意と任意との比較には興味はない。飽くなき二項の話ではなくて、そこに生じる力場に興味があるのだ。偶然の形が光を受けて発するエネルギー場に、僕は違う次元へと続くドアを見出している。なんとも言えないこの世界から、別の世界への入り口が、ひょんなことから露出していて、それを見つけてしまった興奮、そんなようなものを感じて足を止めてしまう。妄想が過ぎると言われそうだが、僕はいたって真面目で、これは目に見えるものとして記録していかなくては、と考えている。写真はうってつけだろう。タイトルは「ドア」かな?売れないだろう。写してあるものも、いわば売れない偶然である。しかし、しかし、美しいものは、ドアとして、その辺りにいつだって転がっているものである。ギャラリーや美術館だけが、美の場所ではないのは誰でも知っているけれど、改めて記しておこう。

              電動スクーター

              2017.04.26 Wednesday

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                台湾最南端の町、墾丁のビーチで見慣れない乗り物を発見。スクーターには間違い無いのだが、なんだか頼りない。聞けば電動スクーターでレンタル用なのだとか。ハーレーという製品名に苦笑しつつ、足元にはヴィトンのダミエ柄の小物入れが装着してあるあたりに、コピー魂を見せられ、苦笑が二重になった。可愛らしい。その海辺の町で過ごしていると、沖縄を思い出した。植生や地勢が似ているだけでなく、風も似ている。人までは分からないけれど、墓の形態も似ているし、しばし沖縄を思い柔らかな気持ちになった。僕は沖縄に6年住んでいるが、今年は特に沖縄にいる時間が少ない。方々を転々としているせいもあり、外地から沖縄を思うことが多くなった。自宅の庭の雑草が気になるし、その庭からの夕日の美しさを思い出す。まあ、それはさておき、この電動スクーターは市道では走れないだろうが、台湾で生まれたこの乗り物に惹かれてしまうのは、工作感に満ちているからだろう。ああしてこうして、と順をたどれば自分でも作れてしまえそうなプラモ感がある。セグウェイとかだとちょっと難しそうだけれど、ハーレーならと、そんな気になって眺めてしまうのだった。これに乗ってビーチからビーチへと流れて遊んだら楽しいだろうな、と思う。仲間たちと縦列を組んで水着のままで。どこまでもどこまでも道は続いているのだろうな。

                九十九里浜

                2017.04.25 Tuesday

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                  7時発のEVE航空機に乗って高雄を離れたあと、機内食もそこそこに写真のセレクトをしていると、いつの間にやら着陸の時間が迫っていた。ブライアンイーノを聞きながらの作業は捗るようだ。眼下には九十九里浜があり、僕の故郷、千葉の潮風を感じた。見るからに春の陽気が気持ちよさそうだ。とはいえ、台湾の町の香りがまだ鼻に残っていて、どちらかといえば再びあの島国に戻り撮影を続けたい気持ちが強かった。楽しかったな、台湾。機体は九十九里からすぐに去り、内陸部へと進む。成田はもうすぐだ。両親と妹はこの近くに住んでいる。僕が暮らした千葉市の家から彼らは離れて、九十九里浜からほど近い大網という町に暮らしている。のどかな田園地帯で、新緑に輝く稲穂の季節は、水の星を思わせて、ひどく美しい。輝くことはなんと素晴らしいのだろうと、高度を下げる機体に身をあずけながら、惚けた心地で窓の外を眺め続けた。そのうちに現れたゴルフ場の人口線が何かの遺跡のように見えていた。全ては滅ぶのだと知れば、僕らは楽になるのだろうか、それとも悲しくなるのだろうか。僕は滅びる。ゴルフ場も滅びる。政府も滅びる。そして誰かが誰かと交わした愛も滅びる。水が上から下へと流れるように全てが滅びの途上にいる。春の陽気と、滅びのセットは甘く揺れて、なんだか美しいものだ。僕は春に滅びたいものだ、と思う。なんとなくふんわりと希望がふくらんで、いい匂いが木々からやって来て、蕾が開くのとすれ違うように滅びるのもいいな。これからは春と答えよう。好きな季節を問われたら。

                  台湾で生牡蠣を

                  2017.04.24 Monday

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                    まさか台湾高雄で日本産の生カキを食せるとは。熊本、長崎、島根、と地方も分かれ、なんとも贅沢な夕食となった。聞けば、前もって準備ができるならさらに産地を増やせるとのこと。それだけの需要があってこそなのだがから、台湾高雄の消費力もなかなかのものである。日本酒を飲みながら食べる牡蠣に、ここはどこ?と現在地がすっとぶ有様であった。今回私を高雄へと招いてくれたAme Chenさんの食への拘りとホスピタリテイィには驚くべきものだ。すでに三年来の友人でもあるのだが、遠来の友への接し方に感謝感謝である。昨日は台南の街と近郊の海辺での撮影で、さらに高雄に戻ってからの撮影と、長丁場となったが、牡蠣と酒でリセットである。撮って、食べて、呑んで、と三拍子そろった毎日は楽しい。高雄素晴らし。撮影と並行して、短編映画製作の構想もふつふつと湧き上がってきている。30分ものを三編つくって、高雄三部作みたいなのもいい。僕の監督デビュー作が、外国映画というのも自分らしいかなとも思う。セリフは中国語で、字幕をつけて日本公開になるはずだ。これも牡蠣のうまさからの仕業でもある。

                    おやすみ、女子たち

                    2017.04.23 Sunday

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                      台湾に来て初日の撮影を終えた。VWのおっきなVANのロケバスに乗って台南に向かい、PARIPARIカフェ、お寺や路地での撮影を、もくもくと楽しくこなした。途中雨にも降られたりと、天気はいまひとつだったが、親切でよく働く素敵なスタッフに恵まれて、愉快な1日だった。10月に高雄で開催される個展のための撮りおろしなのだが、今から楽しみだ。スタッフの中で唯一の日本人である僕はアウェイ派なので、言葉が通じないことが快適でもある。通じないを前提としてみると、いろいろ控えめになっていいこともある。人間関係の悩みの多くが、どうして通じないのか?なので、初めから控えめになっていると、逆にスムーズだったりする。こんなことまで分かってくれるのかと優しい気持ちにもなる。そんな風に1日を台南で過ごした帰途、ロケバスの後方から深い呼吸音が響くので振り返ると、こんな感じであった。二十代がほとんどの女子たちは、とてもよく働いてくれた。その寝顔たちをパチリ。おやすみ、女子たち。きっととっても疲れているのだろう。夢など見ていないはずだ。VWのバスは宿泊地である高雄を目指す。僕はデータをバックアップしたりラフセレクトをしたりと案外手元が忙しい。アシスタントもつけずに身ひとつでどこへでも行き、撮影し、トークイベントをし、瞑想ワークショップをしたりというのが最近のスタイルだが、ここ台湾でも同じように過ごしている。ここで映画を撮ろうかなと思いつく。脚本になるような構想が次から次へと浮かび始めている。さてさて、どうなる。