写真展と映画

2017.06.22 Thursday

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    話題のソール・ライター展に行って来た。作品も良いのであるが、一線からすっと去り、好きなことをやり続けたライフストーリーにも、そして彼の写真への言葉にも賛辞が向けられているようだ。どちらも素敵だと思うし、日本の俳人のような佇まいを持つ作風にも好感が持てた。どう生きたか、と、何を作ったかが離れていない信頼感は、老けた印象になりやすいが、そうでなかったのには、興味深かった。いつものようにポストカード1枚だけを求めて退去。その直後にウォン?カーウァイの花様年華のリバイバルへ。こんな内容だったかな、と初めて見るかのように楽しめたのは良かった。男と女を先を急がずに描くのは、僕の現実感とは違う恋の揺らぎと諦念があって、途中寝てしまったのに、しっかりと余韻が残った。恋はそのものとして仄かに死臭があるのだな。その死に捕まる時に恋は終わるのだ。だから恋する者はいつも何かから逃げている。若いうちは体力で、老いれば思考を頼るが、ジリ貧の体力を結局は削って。ラストシーンが眩しくて美しかった。

    2冊目のZINE

    2017.06.21 Wednesday

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      少部数での自主制作出版物がZINE(ジン)と呼ばれることが、すっかり定着しているが、最初は読み方もよく分からなかった。楽しそうだなと思いつつも、先送りしていたのに、今年はwisteria01に続いて2冊目を刊行することになった。今作は、「HIGASHINAKANO.NON MEISA FUJISHIRO」とうタイトルになっていて、女優ののんさんを主演に迎えたアパート写真展「東中野」の図録的なものとしてA5版36ページの一冊を作った。ZINEというものの性格上、なんでも自分でやる方が個性がしっかりと伝わるだろうと考えて、今回初めてアートディレクションも試みた。結果は大満足で、これから出版する僕の本は、大方セルフアートディレクションで行こうかな、などと勇み足が出るほどである。あいにく、この一冊は展覧会場での限定販売なので、一般の方の目に触れる機会が少ないのが残念であるが、まあ、それもZINEということだ。少部数自主制作本なのに、のんさんが出ている、ということ自体のギャップも面白い。今年3冊目はWISTERIA 02として全く別の物を出そうかななどとも企画しているので、好事家の皆さんには是非期待してお待ちいただきたい。内容は全く違うが、写真と詩のZINEという主性格は変わらないと思う。このようにして、1冊ずつ、小さな分身が増えていくのは、蒐集のようで、楽しい。外に対象を求めて集めるのとは違い、自分で作ったものを自分で集めているような感覚。リトルプレスという別名のリトルという感じもいい。スモールではなくて、リトル。語感のことなのだが、それは一歩一歩づつ進む感じがする。さてまずは、イラストレイターやインデザインを学ぼう。


      猟犬トラとハナ

      2017.06.19 Monday

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        トラとハナ。三重で出会った猟犬の二頭である。犬種は、特にない。俗にいう雑種である。毛艶、筋肉の張り、目の輝き、はち切れんばかりのエネルギーを漲らせた姿は、愛玩犬とは別種の生き物であるかのようである。実際散歩に同行すると、持ち主が管理する山野を飛ぶように駆けていく姿は、人間のパートナーとしての従順さと野性味との双方を見せ、犬とはかくも美しいものだったかと目を開かせた。虎毛の牡犬トラは一歳時に猪との衝突によって首筋を大きく裂かれたにも関わらず、今でも猪を恐れないという。主人の言うように、本能というのは凄いものだとトラの普段は優しいその目を見て思う。散歩中も時々鼻を空に向けてヒクヒクさせて嗅ぎ、周囲への注意を怠らない。ハナはといえば、紀州犬の血が混ざっているであろう容姿の美しさそのままに、しなやかに山中を駆け巡る。呼びかけると藪から一直線に戻ってくるその健気さに思いがけず目頭が熱くなる。犬はいいものだな、こういう本来の環境で生まれる信頼関係は1つの理想だな、などと思いつつ三重の山中を歩いた。二頭の猟犬の姿は一夜明けてなお、僕の心中を疾走しているのだが、さてどうしたものか。オオカミという神に繋がる犬の血を思えば、僕の犬への憧れは、そのままオオカミへの畏怖でもある。彼らに接することは、さらには山の神に繋がってもいく。トラとハナの姿にしばし入り、山野を僕は疾走する。神が側にいるのを感じ、己が神であるかのようにも感じ、僕はその高揚感のまま始発の近鉄名古屋線に乗っている。目的地のホームに立つ時には、尻尾を隠そう。

        名古屋立ち寄り

        2017.06.17 Saturday

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          三重の津に東京から向かう途中で、新幹線を降りたついでに名古屋を歩いた。大須観音の名を地図で見つけ、なんの思いもないままに地下鉄を乗り継いで訪れた。こういう時は結構当たりが多く、自分の勘の良さを一人で噛み締めたりするのだが、今回ばかりはそうはならなかった。幽玄深谷にある神社仏閣ばかりでなく、街中のそれらにも興味津々なのだが、こればかりは相性というか出会い無くしては、昂らないので仕方ない。気をとりなおして、脇にある門前町の商店街などを覗きつつ、ういろうを味見したり、鰻屋の暖簾をくぐりかけたり、古着屋の店先に架かる着物などを通り過ぎながら、わずか一時間強の名古屋立ち寄りとなった。名古屋というのは、大阪京都と東京の間にあって、要所である。天下人を排出した地としても、その他さまざまな僕の未知の何かを世に送り出して来た土地であろう。土地の気を深呼吸などして感じるに、大きな平原のような懐の広さを得た。ここに遷都すればいいのにな、とあまりにも漠然とした思いと共に、ありふれたものでない懐きを持った。ひょっとして名古屋という土地は、もっと重んじられていい場所ではないかと。地下鉄を伏見で乗り継ぐ時に、そのホームのくたびれ具合は、東欧のようでもあり、ちょっとした大陸感があった。再び名古屋駅に戻り、近鉄線へと足先を繋いだ。尾張。そんな古い名をつぶやくと、もっとここを知ろうかなと思った。何かテーマを持参して、一週間ばかり滞在してみたい。ちょっと古い話だが、チャラのツアーに同行した時に、彼女が櫃まぶしを食べていたことをふと思い出しながら。


          銭湯の思い出

          2017.06.16 Friday

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            母方の祖父母の家には風呂が無かったから、夜は連れられて銭湯へ通った。下総中山の何処かにあったが、今もあるかは分からない。黄色いケロヨンの洗面器が床に転がる時の反響音はまだ耳に残っているし、大きな体重計や、瓶入りのコーヒー牛乳やフルーツ牛乳の味も覚えている。大人たちの裸に混じって、ぬるい浴槽と熱いそれとを行き来したり、高い天井を眺めたり。あまたの幼き日の思い出にあって、銭湯は石鹸の匂いと共に優しく残っている。耳の裏まで丁寧に洗う未就学児の僕を見て、「教わらなくても、そういうことができるんだねえ」と皺の寄った声で褒めてくれたことを覚えているのは何故か。きっと僕は褒められるのが好きだったのだろう。その一番古い記憶が銭湯での祖母の言葉である。浅草の夜道でふと通りかかった立派な銭湯。その前には自転車が数台ある。火照った体を冷ましながら、自転車の上で受ける風の心地よさよ。僕は他人の豊かな時を思い浮かべ、コーヒー牛乳の味を口の中に広げた。昨夜のことである。今僕は、新幹線に揺られて西へと向かっている。静岡からは、案外な人数が乗って来た。この街の銭湯には、祖母に連れられた少年が耳の裏を洗っているだろうか。

            出産小屋を建てる人

            2017.06.14 Wednesday

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              来月早々の初出産を控えて、そのための小屋を造っている人を沖縄読谷に訪ねた。僕が進めている出産前後写真のプロジェクトの一環なのだが、出産前の撮影当日は、あいにく奥様の体調が悪く、延期となったのだが、話を聞きに伺った。最近は珍しい無介護出産を決意した妻のためにと、本業の大工仕事の傍らで、自宅敷地内にせっせと作業を進めているのである。水中出産を選択したため、それ用の五右衛門風呂から取り掛かったという小屋は、ミニマムな家であり、気のいい空間になるであろうことが容易に想像できた。しかし、無介護水中とは奥様も思い切ったと思うし、それを支える彼や、義父母にも感心する。望めども、様々な事情で自然分娩を選択できない人もいる中で、さらに助産師さんをも付けずに産むのだから、相当な決意なのだろうが、本人にとっては当たり前の選択だったようだ。なかなか役場との法的な問題の処理にも悩まされているらしいのだが、ともかくそれまでの残された日々の記録を夫婦それぞれに残してほしいと、お願いした。きっとそれは、とっても人を励ますことになるだろうから。しかし、しかしである。女性にはつくづく頭が下がる。そしてそれを支える人々にも。生きるということは、それ自体が、表現であり、芸術なのだと思う。アーティストと呼ばれる人たちだけが、そうなのではなく。ある意味、アーティストと呼ばれる人たちは、それを商売にしているプロというだけなのだ。日々の一挙手一投足が、それぞれ表現であり、それに無自覚な人たちこそ、僕が憧れる芸術家だ。つまりほとんどの人たちに僕は憧れている。出産小屋を造る彼と握手を交わした時に、ここにも芸術家がいるのだと思った。その手は、カサカサで、大きくて、柔らかく、温かであった。

              草に寝て、空を見上げる。

              2017.06.11 Sunday

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                タイトルから繋げれば、そして蟻が腹を這う、である。芝生のチクチク、蟻のモゾチクに慣れねば、草に寝て青空を見上げることもままならぬ。僕は基本的に短調で楽観的に生きてるから、大抵のことは、そんなものかなと思う。なので落ち込むことは無いけれど、歓喜もない。地味な暮らしだと思う。芸術や実業とやらにも、そんなに興味もなくて、割と素立ちでいる。そう、僕は世界を見送っているのだ。夕陽を見送るようなロマンチックで感傷的なものでもないが、沢山見送って来たなあと思う。だが、である。草に寝転び見送る空の、なんと少なかったことか。仕事は忙しくしてきたが、大雑把に、暇な半生の中で、草の上に寝転びもせずにするべきことなど、たかがしれているだろうに。これからは、改めて草に寝て空を見上げて暮らそう。もう十分、チクチクにも、チクモゾにも、蚊にも慣れている。

                内田勘太郎さん

                2017.06.10 Saturday

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                  子供同士が仲良しとうことがきっかけで、内田勘太郎さんと知遇を得た。沖縄暮らしでは、実はご近所さんで(二軒隣り)以前から存じ上げてはいたのだが、なんとなく機を逃し続けていたところ、3日前にゆずさんの撮影時に、岩沢さんから勘太郎さんとは友人関係で、沖縄の内田宅にも訪れていた事実を聞くに驚いていたのだが、一昨日、子供を通じてライブに招かれて、そのお礼にご挨拶にお宅にお邪魔して、流れで泡盛を一緒にいただいた。そして昨夜に沖縄のoutputでのライブと相成った。憂歌団のブルースマンとしての名声は知りつつも、生演奏を体験するのは、初めてである。ブルース自体、あまり聞き込んではいないのだが、ボトルネックの鳴りに、驚いた。なんかの魔法のようでもある。うわああ、となったのだ。僕は、楽器が一つも出来ないので、ああいう風に、簡単に弾かれてしまうと、同じ人間なのだろうか?と阿呆のように口が開いてしまう。いや、きっと顔は同じように人間なのだが、きっときっと、違う生物なのだろう。これは言葉のなんたらとかじゃなくて、本気でそう思うし、思わせるような、演奏であった。ああ、良き夜であった。なんとなく中古のフライングVを買おうかと思っていた最中でもあり、ギターがろくに弾けもしないくせに、ああいうのを買っていいものやら。しかし、ブルースを聞いて、フライングVを買おうかと迷うのも、何か違う気もするが。

                  ブルー オン ブルー

                  2017.06.08 Thursday

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                    沖縄の夕刻である。梅雨が明けたのか、やたらと暑く陽射しが痛い。サングラス越しに見上げた建設中のビルは、ブルーで覆われて、空と一緒になっていた。ああ、綺麗だ。せっかくの青なのに、手元にはスマホとモノクロフィルムが入ったライカだけ。この色をしっかり撮っておきたかったなあと思いつつ、ライカでもパチリ。青を見ると背筋が伸びるな、肺が膨らむな。酸素に色は無いけれど、酸素も感じるし、青は綺麗だ。でも、青い車には乗らない。なぜだろう。青いギターも。でも、世界が青に染まる時が、ある。明け方に。早起きが好きなのは、青に自分も染まれるからだろう。青って何だろう。

                    窓の外には三角屋根

                    2017.06.07 Wednesday

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                      お江戸八丁堀のビジネスホテルの窓からは、三角屋根が見えている。てっぺんの小部屋は、物置になっているようだ。しかし、なぜ空間取りの悪い三角にしたのだろう。建築法とか関係しているのか、主人の趣味なのか。そのまま四角にしておけば、ゆったりと使えただろうに。などと、朝っぱらから他人事の詮索をしているのだが、内心においては、羨望がある。三角屋根の建物にだ。そこには密やかな屋根裏部屋があって、子供時分の空想対象の典型がある。子供はなぜ秘密基地が好きなのだろうか?いや全ての子供ではない。どちらかと言えば、男子の領分であろう。その男子の半数ぐらいは、秘密基地への憧れが、ある時期の現実と空想の世界に君臨していたはずだ。心の中で図面を作り、宝物を配置し、そして何よりも重要なことは、親が決して入ってこれないこと。こう考え進めていくと、結局は親との距離と、独立心と、芸術の芽生えのミックスなのだなあと思う。大切なことは、人に言えないこと、人に見せれないもの。秘密の場所作り。そんなことがしたくてしたくて、でもそんなスペースは僕には与えられていなかったから、心の中で、もしくは戸外の空き地の隅に、それを作っていた。体を折り曲げて小さくなって入っていく秘密の場所。そういうものは、実は大人になっても心の中にあるような気がする。僕だけが知り、僕だけが入っていける場所。八丁堀の三角屋根を眺めながら、そういう場所はこれからもずっと無くならないと漠然と思う水曜日の朝である。