草間彌生展

2017.04.20 Thursday

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    10時半頃に新国立美術館に到着したが、すでに長蛇の列。オンラインチケットをスマホで購入し、するりと館内に入ったはいいが、そこにも大勢の人々。美術館博物館などでの混雑時によく使う逆行見物法を使うことになった。まずは無数の人頭の向こうに見える作品群を横目に再奥部までだだだと行く。そこから踵を返して入り口へと逆行するという、、もしそれが我が人生なら嫌なだなというやり方。僕は人間の背中を眺めてじっと待つのが苦手なので、まず展覧のあらましを掴んでから、興味深い展示を見るための体力集中力配分の予測をたてる。この浅い知恵は、なんとも侘しい態度のような気もするが、構わない。空いている時もこんな風だから、きっと角に身を置く監視人の方々には、遡上する鮭のように映っているかもしれない。さて、草間彌生さん。多くの大賛辞が送られているように、僕もそこに手のひらが腫れるような拍手を加えさせていただく。ブラボーだと思う。質、量、ともに偉大であることは間違いない。その芸術家としての大きさとは別に、彼女の作品というのは、ささやかなものだと僕には思えた。彼女の心の、魂の奥にそっとささやかにあるものが、色彩や形の驚きと共に私たちの目の前に現れている、そんな風に僕は感じた。彼女が子供の頃から見てきた奥の奥にある小さくて重たいものが、彼女の体を使って外出してきた。僕はそれに出会い、驚き、揺さぶられ、そして愛しく思う。とてもとても可愛いなあと。芸術を通して世界に貢献したい。彌生さんは展覧会に寄せたメッセージでそんなことを記していた。成長して大人になった僕たちが生まれる前から持っていた純真を、彼女の純真な作品が目の前に連れ出してくれる。驚きと喜びと大音量と静寂と、そして、こうとしか言えないと思うのだが、愛を。最後の展示室から去る時に、ぐるりと振り返って彼女の作品群に思わず手を合わせて一礼してしまった。神社でするかのように。ありがとう、彌生さん。
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