朝の瞑想

2017.04.18 Tuesday

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    軽井沢の星のやさんにての滞在。仕事で訪れているので、ゆっくりとしてもいられないが、いつものように早起きをしてゆったりと瞑想をした。まだ桜が咲いていない軽井沢。朝はひんやりとしているが、朝温泉のあとで外気の中で少しの間、座ってみた。火照りの残る心身には都合がよく、静かに冷めていく方向と、内側からの目覚めが、すれ違い、静かな深い呼吸と合わさって、まろやかな時間となった。朝と夜の瞑想を習慣にしているが、それぞれに色合いが異なり、朝は世界へと離陸していく心地よさが、夜は、1日を丁寧に閉じる心地よさがある。中でも外気の中での瞑想はありがたく、夏に近づけば蚊に悩まされ、冬に近づけば寒さに縮むので、本当に心地よく座れる季節は案外短い。蝶が待ち望む春のように、僕は春と夏の間の一時に座ることが、一年の中でも、楽しみのひとつだ。座っているのはものの10分ほど。長くても20分もあれば事になる。瞑想とは、余白を作ること。空だの無だのと高い言葉で語られることもあるが、僕にとっての瞑想は、空白を作ること、それに尽きる。間をとること、と言ってもいい。そこには何も置かず、ただの空き地としておく。それが時に暮らしの緩衝材にもなるだろうし、何かを持ち上げる時のバネになる時もある。心の個室として、安心をもたらせてくれる時もある。朝と夜に、空白を持つというのは、名前のない時間を持つこと。広い部屋を広く使うには、空間を埋めないようにするのが良いが、心もそういうことなのだ。朝食も済ませた。さて、今日もゆるゆると流れ暮らそう。
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